シンポジウム② 映画を耕す~農業は映画だ!~

●パネリスト 
中江裕司(「ナビィの恋」監督)
山崎樹一郎(「ひかりの音」監督)
梁木靖弘(本映画祭ディレクター)
※司会 村山匡一郎


グローバル化の中でいかに自立できるか “地産地生”に観る映画の可能性



9月17日(祝・火)に開催された映画祭シンポジウム。その第2部のテーマは「映画を耕す~農業は映画だ!」。ハリウッド、そして東京、と中央から流れてくる映画産業の現システムに対し、地域に根差した映画製作をしている監督を招待し、今後の映画製作の可能性を探るという内容。司会の映画評論家、山﨑国際ドキュメンタリー映画祭アドバイザーの村山匡一郎さん、パネリストの「ナビィの恋」監督の中江裕司さん、「ひかりのおと」監督の山崎樹一郎監督、そして梁木ディレクターが会場に登場すると、会場の雰囲気が一気に盛り上がりました。

注目は、岡山県真庭市で実際にトマト農家を営みながら、農閑期にのみ映画製作を行っている山崎樹一郎監督。現在トマト収穫の真っただ中、大阪に住む父親に任せて、台風のなか来福した山崎監督。「ひかりのおと」には自伝的要素も詰まっています。「〝ものづくり〟という点では農業も映画も同じ。そこを理論的に話が聞きたかった」という梁木ディレクターの熱いコールにより実現したシンポジウム。元々大学で自主製作映画を撮っていた監督ですが、就職氷河期と重なり、何を撮っていいかわからなくなった時、「自分の日常=食」が目についたといいます。「食卓に運ばれている食物がどう作られているのか全くわからなかった。農業は、ものづくりの際たるもの。そこで、ゼロから映画を含めものづくりにチャレンジすることにした」と山崎監督。現在、地元を含め、巡回上映をコツコツと行い、その姿勢が海外からも熱い視線を浴びています。

そこで、地域に根差して約30年の先駆者・中江裕司監督が熱く語りました。中江監督は沖縄で劇場を経営し、映画だけではなく、音楽ライブやワークショップ、雑貨店などを同空間で行い、地域の人々が集う場所を構築している真っ最中。その合い間に映画館のない離島へ巡回上映に出向き、映画の面白さを伝えているというエネルギッシュさ。「映画館、と名付けずに〝劇場〟としたのは、より間口を広げるため。私は映画監督ですが、人が喜んでもらうのが好きで、いろいろと人が集まる仕掛けを考えています。映画に特化することはなくサービス業と考えないと、映画監督としても生き残っていけません」と語気を強めます。
「現在の映画産業の問題は中央資本主義。地方各地から単館系の映画館が消え、シネコンでは同じ映画しか観られなくなった。中江監督や山崎監督の作品は、映画祭でしか観られないという現状。ハリウッドを視点にグローバル化が映画に要求するのは、消費としての映画。映画という本質を飛び越えて、経済の問題になってきている」という梁木ディレクターの言葉に対し、「本当は人の問題かもしれない。ハリウッドの映画こそ、本当の映画だと言い切って認識してしまう人が多く、それはマインドコントロールにも近い」と村山さん。話が盛り上がるにつれ、農業と映画を飛び越えて、映画というものの根本に及んできました。事実、中江監督は沖縄離島を中心に、精力的に巡回上映を行い、山崎監督もそれに続きます。「巡回上映を行っていると、映画においてのライブ感がいかに大事かがわかるんです。そこで地域の人々が交流し、新しいものが生まれて行く」と中江監督。「映画はそもそも非日常的でイベント性を含むもの。それが家で一人で観られる環境が主流になった。問題はシネコンが増え、どの映画館も同じ映画が上映されることになり、単館系の素晴らしい映画が全国に行き届かない」と梁木ディレクターは、中央集権的な配給体制に警鐘を鳴らします。「映画は人に観てもらうもの。地域から生まれても全国、全世界の人々に観てもらう体制をつくるのが急務。それこそ地産池消じゃなく、山崎さんの提案する〝地産地生〟なんです」という村山さんの言葉に、会場のみなさんは深くうなずきました。

そして、話はフィルムからデジタル化の内容に。「この1年間で全国から35mmのフィルム映写機が消え、結果100の映画館がなくなるだろう」との危機的な予想をもとに、「これからは、本当に中央集権主義をなくしていき、地域が頑張って、独自の配給網を作らなければならない。そのためには地域の自立が非常に大切になってくる」と中江監督。

「農業と映画」をテーマに始まったシンポジウムでしたが、最終的には、「映画」というものの根本を考える機会になった、非常に有意義な1時間半でした。これを危機と考えるのか、過渡期と考えるのか…。「農業も映画も同じ。耕し続けないと枯れてしまう」との山崎監督の言葉が、パネリストや観客の心に深く突き刺さりました。

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